新しい暮らしを提案して地域の魅力を創造する:二宮団地
<神奈川県住宅供給公社>
二宮町ならではの新たな“暮らし”モデルを実現し、地域の再活性化につなげたい
~二宮団地が進める地産地消型のリノベーションを通して~
昭和40年以降、もともと里山だった一角を開発して大規模なニュータウンとして建設が始まった、神奈川県中郡二宮町の「二宮団地」。
それから約50年が経ち、建物の老朽化と居住者の少子高齢化により、一時入居率は6割以下になりました。
しかし平成28年からスタートした再編プロジェクトによって、二宮団地は他所からの若い移住者を受け入れ、地元に密着した新しいコミュニティーへと大きな変化を遂げています。
自然豊かな二宮町だからこそ実現可能な、新しい暮らしのモデルを掲げ、新しい可能性を秘めた移住者を招致しているのが、神奈川県住宅供給公社です。
公社の県西地域創生事務所の所長を務める渡邉聡さんに、その取り組みを伺いました。
神奈川県住宅供給公社 県西地域創生事務所長 渡邉 聡さん
プロフィール
- 営団体:神奈川県住宅供給公社
- 施設名:二宮団地
- 事業内容:地域再生
- 二宮団地再編プロジェクト開始時期:平成28年4月
細部にまでこだわったリノベーションと地域コミュニティー作りで、入居者にとって魅力ある住まいの在り方を提案する
まず、二宮団地を再編するに至った経緯や目的についてお聞かせください。
渡邉 かつて二宮町は、平塚・横浜・川崎方面へ働きに出る勤務者のベッドタウンとして多くの人口が定着していました。
昭和40年に建てられた二宮団地も、里山を切り開いてニュータウンとして開発されたのです。
ところがこの50年の間に居住者が高齢化し、就職・独立して地元を離れるお子さんも増えてきたことから、平成12年に86%だった入居率が平成27年には56%まで減少しました。
そこで平成28年「二宮団地再編プロジェクト」と銘打って、新世代の移住者を呼び込むためのさまざまな取り組みをスタートさせました。
「二宮団地再編プロジェクト」では、どのような取り組みをされていますか?
渡邉 まず、基本コンセプトとして「暮らしを楽しみながら働く」を掲げました。そして若年層に向けて、2つのメリットをアピールすることにしました。
1つは、海や里山に恵まれた“ほどよい田舎”の二宮町で、自然や農業に親しみながら「さとやまライフ」を満喫できること。
2つ目は、従来の仕事中心型ではなく暮らしを重視した、新しいライフスタイルのモデルを打ち出すことです。
この基本コンセプトを基に、3つの取り組みを柱としてプロジェクトを進めてきました。
まず、入居促進のための「魅力ある住居づくり」。古くなった団地をリノベーションして建物を整備するとともに、新しい入居制度を導入したのです。
そして、「団地と地域全体の魅力アップ」。
例えば、住居に加えて団地内の空き地を再利用した菜園や水田の活用や、就農者を呼び込む「アグリサポーター」という制度を設けました。
また、食事会や歌のサークルといったさまざまなアイデアを凝らして、団地に住む移住者と地元の人々を結び付ける地域活動を通し、新しいコミュニティーづくりを目指しています。
さらに、建物自体が古く、空室が多い団地の再編・減築をすることで、「賃貸住宅のコンパクト化」を図りました。
これにより、維持管理も効率的になりますし、継続して賃貸する棟には耐震改修・修繕を施して、より安心・安全な住環境を整備できるようになりました。
昭和37年以降、28棟856戸あった二宮団地は、リノベーション後に18棟580戸へ再編された
「魅力ある住居づくり」のために、どのようなリノベーションを行ったのでしょうか?
渡邉 二宮団地のリノベーションで特に特徴的なのは、県内産の小田原杉を使用したことですね。地域資源を活用することで、地域経済の発展に貢献したいという思いから、このリノベーションは生まれました。
幾つかのパターンでリフォームを施した部屋がありますが、入居される方々の約半数が、この床材全面に小田原杉を使用したタイプの部屋をお選びになるんですよ。
もともとあった畳や襖を取り払い、和室を洋室化したことで、部屋に開放感が生まれた
キッチン周りにも良質の小田原杉をふんだんに使用した
引き戸にも小田原杉が使われ、細部にまでこだわりの工夫を凝らしている
フローリングの厚みは25mm。部屋に入った瞬間に杉材の良い香りが漂う
そのほか、入居者ご自身の好みやライフスタイルに合わせてDIYで行う「セルフリノベーション」タイプもあります。
DIYといっても、日曜大工から本格的な建築家までいろいろですから、2つのメニューをご用意しました。
「おてがるリノベ」は、内装は修繕済みですので、壁の塗装などの手軽に好きな部分だけリノベーションしたい方向き。
もう一つの「しっかりリノベ」はガス給排水管や給湯設備以外、つまり内装の仕上げやキッチン、洗面台など、とにかく室内全体を自分の好みにリノベーションしたい方向きのメニューです。
なお、これらのセルフリノベ-ションは退去時に現状回復をする必要はありません(諸条件あり)。どちらも住まいをカスタマイズし、自分らしい暮らしをしたい入居者にとって大きな魅力となっています。
団地居住者と地域住民を巻き込み、空き家・空き地を利活用して新たなコミュニティーづくりを展開
二宮団地を含めた、地域全体の魅力アップにも注力されていますね。
渡邉 よその土地から移り住んできたばかりの入居者の方々にとって、最初は自分のコミュニティーがないわけですよね。
また、どんなに住環境だけがよくても、地域自体に活気がなければ、決して住みやすい場所だとは言えません。
そこで、魅力ある地域として二宮町に愛着を持っていただくために、移住者も積極的に参加したいと思えるような、新しい形のコミュニティーづくりが必要だと考えました。
さらに、いろいろな方法で二宮団地に住むメリットを生かした「地域のブランディング」を模索しています。
まずコミュニティー作りのために、商店街の空き店舗を再利用して「コミュナルダイニング」をオープンしました。
ここで開かれるお食事会が、大変人気なんですよ。毎月1回、住民同士が食べ物を持ち寄って一緒にお酒を飲みながら、将来の夢などを語ったり、自由にアイデアを出し合ったりするのです。
私たち公社の職員も参加しています。
また、もともと二宮町は合唱・コーラスが盛んな地域でしたので、公社が主催する「歌声ダイニング」も月1回、プロの音楽家も招いてここで開催します。
毎回20名近い地元の人たちが参加していますよ(※令和2年12月現在コロナ禍において、お食事会・歌声ダイニングの開催は見合わせています)。
空き店舗を再利用したコミュナルダイニングの外観
コミュナルダイニング1階。テーブルやキッチンカウンターは、前の店舗が残した居抜き状態で内装を再利用した
コミュナルダイニング2階にある和室の座敷。1階と合わせて、親子向けのランチ会やパーティーなどにも使われる
ほかにも、面白いアイデアがありそうですね。
渡邉 二宮団地には、さまざまなスキルを持った職種の方々が集まってきます。
入居した建築士や大工さんから、セルフリノベーションでDIYの仕方を教えてもらう人もいました。
お食事会で「味噌汁も欲しいね」と誰かが言うと、実際に味噌造りをしようということで、また新しい集まりができる。
菜園で採れた野菜や海で獲れた魚を使って、バーベキューを開く。
本当にいろいろな人たちがアイデアや知恵を持ち寄り、やりたいことが発展し実現していく――。
そんな画期的なコミュニティーが生まれています。
「地元野菜をピザにして食べたい」という声を受けて、住民たちがピザ窯を制作した
入居者増加のカギは、移住者によるリアルな情報発信
二宮団地再編プロジェクトが開始された平成28年以降、平成31年までに191人もの新規入居者が二宮団地に入居されているそうですね。
年々、二宮団地への入居者が増えていますが、何が要因となっているのでしょうか?
渡邉 やはり情報発信が大切ですね。
二宮団地内の空き地や公社が所有している土地を活用して、水田や菜園を作り、農業イベントを開催して情報発信に活用しています。
先ほどもご紹介した「アグリサポーター」制度では、公社が住居や活動場所、農機具用の施設などを就農者であるアグリサポーターに提供しています。
アグリサポーターにはこの農業イベントに協力してもらうなど、地域活性化に励んでいただいています。
農業イベントには、東京から家族連れでの参加も
移住した若い世代が、ブログやSNSなどで積極的に情報発信していますね。
渡邉 そうなんです。
平成29年4月から、二宮団地に入居した若い人たちに「暮らし方リノベーター」として、二宮団地ホームページのブログやフェイスブック、インスタグラムなどのSNSで、普段の自分たちの暮らしぶりを発信してもらっています。
実際にそこで暮らしている様子の情報は、非常にリアリティーがあって地域の魅力がよく伝わりますよね。
二宮団地ホームページのブログでは、今や150本以上の記事がアップされて好評を得ています。
例えば、あるデザイナーさんご夫婦は「ベランダ通勤です」「通勤は5秒」といったユニークな切り口で二宮団地に住む心地良さや利便性をアピールし、こまめにブログを更新してくださっています。
ちなみに話しは少しそれますが、こちらのデザイナーさんご夫婦は隣り合わせの2つの住戸を借りて、片方を住まい、片方を仕事用として使用しています。
こうした団地移住者の方々による口コミを見聞きしたこときっかけに、移住を決心される人たちも少なくありません。
今や、SNSなどで個人が発信したことが、瞬時に拡散される情報社会。こういったデジタルの力も大いに活用していきたいと考えています。
ブログやSNSでは、近隣のお店情報からDIYで作ったものなど、日々のリアルな生活の様子が積極的に発信されている
令和2年度からは体験移住も始められたそうですね。
渡邉 公社もメンバーになっている「一色小学校区地域再生協議会」の取り組みとして、「おためし移住」事業を実施しました。
2泊3日、実際に二宮団地またはホテルで宿泊し、町の魅力を直接感じていただいた上で、移住を検討していただくものです。
昨年の11月から12月の間計4回実施し、12組の枠に対して25組の申し込みがありました。
今後はコロナ禍や働き方改革により、都心から離れても働けるテレワークの普及が二宮団地にとっては追い風になると考えています。
地域の特性を理解し、それぞれの土地にあった対策を
現在の課題となっていることはありますか?
渡邉 現在、公社の事業としては、特に行政からの財政的支援を受けていません。
しかし、二宮町としてさらに地域の魅力アップを目指すには、行政と連携していく必要があると考えています。
最後に、空き家の活用や集客で悩んでいる方に向けて、再活性化のためのアドバイスをお願いします。
渡邉 二宮団地のような古いニュータウンが抱えている問題は、日本各地でいくつも起こっている事例の一つにすぎません。
地域の特性をよく理解した上で、その土地に合ったプロジェクト設計を進めることがポイントになると思います。
平成28年4月に「二宮団地再編プロジェクト」がスタートしてもうすぐ5年。
入居希望者が増えた背景には、魅力ある住まいのためのリノベーションと、自分らしい暮らしを応援する公社のさまざまな取り組みがありました。
また、住環境の整備だけにとどまらず、新しいコミュニティーづくりの一翼を担う、コミュナルダイニングの活用や農業体験イベントなど、地域の魅力をアップする試みも進んでいます。
二宮団地の事例は、地域活性化の成功モデルとして、今後も注目が集まりそうです。
詳細調査データ
物件について
- 所在地:神奈川県中郡二宮町百合が丘
- 構造・階数:4階~5階建て、18棟580戸に再編
- 建設時期:昭和40年、平成28年リノベーション
- 改修工事:有
資金について
- 源・運営資金:家賃
- 運営費補助金:無
- 設置費補助金:無